A joint media project of the global news agency Inter Press Service (IPS) and the lay Buddhist network Soka Gakkai International (SGI) aimed to promote a vision of global citizenship which has the potentiality to confront the global challenges calling for global solutions, by providing in-depth news and analyses from around the world.

Please note that this website is part of a project that has been successfully concluded on 31 March 2016.

Please visit our project: SDGs for All

女性のエンパワメントの模範となった尼僧

【シンガポールIDN=カリンガ・セネビラトネ】

2500年前、ゴータマ・ブッダ(仏陀)は、サンガ(僧 伽:仏陀に従う弟子たちの集団)に女性の入門を認めることで、インドで女性を男性と対等の立場においた。しかし今日、アジアのほとんどの仏教国において、 尼僧たちがダルマ(仏陀の教え)を説く信頼に足る担い手として認められようと苦しい闘いを強いられているという。そうしたなか、あるネパール人女性が、実 質的にダルマを「歌う」ことで、こうした認識を無意識のうちに変えることになるかもしれない。

「私は自分がどういう人間だとか思ったことはありません。ただ、仏陀の教えとその原則を理解し尊重しながら、心の赴くままに行動しているだけです。」と語るのは、ネパール出身の尼僧アニ・チョイン・ドルマである。シンガポールの第一級のコンサートホールである「エスプラナード」でこの4月、大入り満員の観客の前でパフォーマンスを見せる直前に行ったインタビューでのことだ。

世 界の音楽シーンで名声を得たアニ・チョイン・ドルマは、近年米国やオーストラリア、台湾、シンガポールといった国々を廻り、会場を埋め尽くした観客の前で 歌を披露している。そして、こうした興業で得た収入をネパールで設立した財団に投資して、保守的な男性支配社会に生きる貧しい女性達に教育の機会を与えエ ンパワーしようとしている。

仏陀が生まれたのと同じ国(現在のネパール連邦民主共和国)で、1970年にカトマンズのチベット難民家族に生を受けたアニ・チョインは、暴力をふるう父親から逃げるために13歳の時に尼僧になった。カトマンズ盆地の北の斜面のシバプウリ山にある尼僧院ナギ・ゴンパに入り、僧院長で高名な瞑想マスターでもあるトゥルク・ウルゲン・リンポンチェに師事し、教育と宗教的な修行の指導を受けた。アニ・チョインに真言(マントラ)の唱え方を教えたのは僧院長の妻である。彼女の才能はすぐに明らかとなり、まもなくチャンティング・マスターに任命され、僧院における全ての宗教儀式と読経を任された。

それから長い時間が流れ、今日アニ・チョインは、ネパールだけではなくアジア全体において女性のエンパワメントの模範となる人物と見なされるようになった。彼女は流暢に英語を話し、世界各地で開催される国際会議でも定期的に発言している。

「私 たちは、(男児と)同じように両親の敬意と歓喜に包まれて母親の胎内に生を授かり、外の世界に出てくるまで胎内で同じように育てられます。男児と女児に異 なる役割が割り当てられるのは生まれ出た後のことであり、それはあくまでも人為的な文化に基づいているものです。つまりそれは間違った理解であり、自然に はそうした偏見はないのです。」とアニ・チョインは語った。

ま たアニ・チョインは、「私は、(女性である)自分にも(男性と)同様に悟りを開く潜在能力があると信じています。同様に、私たちにも民衆に奉仕する潜在能 力があるのです。それを私たちが信じることのどこが間違っているのでしょうか?」と問いかけたうえで、「私は他人を批判しようとは思いません。むしろ自身 の内面を振返り、私には潜在能力があり、それを強化して前進しなければならない、と言い聞かせるようにしています。」と語った。

さ らにアニ・チョインは、ネパールだけではなく世界中で歌を歌おうと思った動機は何かという質問に対して、「私が歌うのは悲劇的なラブソングといった世俗的 な歌ではありません。私が歌うのはスピリチュアルな瞑想時の歌です。仏陀の言葉が非常にシンプルで詩的な言葉に翻訳され、それが耳に心地よい旋律と融合し た歌へと変換されています。私が歌う主な目的は、市井の人が誰でも理解できるよう仏陀の知慧をシンプルな形で広めるところにあります。そうすることで、歌 を聞いた人々を、少なくとも暫しの間、至福の時に誘うことができるからです。」と語った。

訓練を受けていない才能豊かな歌い手

アニ・チョインの音楽家としてのキャリアは、米国のギタリスト、スティーブ・ティベッツが ネパール訪問中に彼女に会い、読経を聞いた1994年に始まる。彼女の歌の才能に感銘を受けたティベッツは、何とか頼み込んで僧院内の小さな部屋で彼女の 歌声をカセット・レコーダーに録音させてもらった。その結果が1997年に発表され批評家の大絶賛を浴びたコラボ・アルバム「チョー」である。

「私 は歌手になるための専門的な訓練を受けていませんし、歌手になろうとも思っていませんでした。一般的に歌手を目指す人の動機は、有名になりたいとか、お金 を稼ぎたいとかいったことでしょう。しかし、私の場合はそうではありませんでした。」と、アニ・チョインは、自身の音楽の旅の起点となった日のことを思い 出しながら語った。「私の場合、ある日、僧院を訪ねてきた音楽家が、私が祈りを捧げている声を聴いて、『録音させてもらっていいか』と尋ねてきたのです。 彼はのちにそれをアメリカに持ち帰り、自分の音楽でミックスし、『これを使って音楽アルバムを作る気はないか』という提案とともにデモテープを送り返して きたのです。」

彼 女は当初、このような提案を受け入れるべきか決めかねた。「私は師のところへ行き、考えを尋ねました。すると師の答えは、『いいでしょう。この経文を聞い たものは、信者であろうとなかろうと、恩恵を受けることができます。だからいいですよ。』というものでした。それで提案を受け入れることにしたのです。」 と、アニ・チョインは付け加えた。

この決断で彼女は自らの新境地を開くとともに、恐らくアジアの尼僧たちがダルマのメッセンジャーとして認知される新たな道筋も開いたのであった。

1997年から2011年の間にアニ・チョインは12枚のCDをリリースし、ブッダ・バーなどのコンピレーション作品に参加、また、映画「ミラレパ」 への音楽提供も行った。米国での初のコンサートツアーの成功後、欧州、北米、英国、シンガポール、中国、台湾、その他多くのアジア諸国において、コンサー トや音楽祭で歌い始めた。こうしてアニ・チョインは、チベット仏教の読経を西洋の視聴者に広める上で多大な役割を果たしたのである。

2013年、アニ・チョインは、オスカー賞を獲ったインドの音楽家A・R・ラフマーンが作曲した宗教横断的な歌をヨルダンの女性歌手ファラー・シラジと共にMTVで歌って、「ワールド・ミュージック」という言葉にまったく新たな一頁を刻んだ。歌のベースにはネパール仏教の声明があり、そこにヨルダンの伝統的な旋律が折り重なった作品だった。

「そ の歌のテーマは『母』で、私は慈愛に満ちた仏陀のマントラを唱えました。」とアニ・チョインは説明する。「ラーマン氏は、マントラの伝統の中で母というも のを現したものは何かあるかと私に尋ねたのです。母という言葉を思うとき、そこに込められた意味合いは『慈愛』ということになります。従って慈愛に満ちた 仏陀のマントラを唱えると答えたのです。そして、ヨルダン人の女性歌手は母を称える歌をアラブ語で歌うことにしたのです。」

好調な歌手としてのキャリアから資金を得て、アニ・チョインは、ネパールの貧困地域の女児や若い女性の教育支援を開始することができた。

1998年、彼女は「ネパール尼僧福祉財団」(NWF)を設立した。尼僧たちが、より社会に対して幅広く貢献していけるよう、世俗および仏教的な教育を提供している。NWFの中心的なプロジェクトは、2000年に開校した「アリャ・タラ学校」である。また彼女は、シュリー・タラ・バンド(ネパール初の女性インストゥルメンタル・バンド)やネパール腎臓病院の建設、早期児童発達センター、野良犬保護キャンプなどの人道的なプロジェクトを多く支援している。

アニ・チョインは、尼僧として守らねばならないヴィナーヤ(戒律)と、音楽によって収入を得ることとの間に矛盾があるとは考えていない。

イ ンタビューの中でヴィナーヤの規則に話が及ぶと、アニ・チョインは、「アジアの伝統においては何かを提供され、西洋の伝統においてはお金が支払われる。時 間をかけ、スキルを見せることが、そういう形で尊重されているのだと思います。ですから、お金が入ってきたときに、次に問うべきは『このお金で何をすべき か』ということになるわけです。私は今こそ、すべての女性と女児が学校に行くチャンスをつかみ、教育を受けるという従来から抱いてきた希望を少しでも叶え るためにお金を使わせていただいてもいいのではないかと考えています。」と語った。

そ うして彼女は、尼僧たちが高等教育を受けられる学校を始めた。「このお金でこのプロジェクトを始めることができました。ただ、始めるだけでは十分でなく て、継続することが大事ですから、結果的に私の歌手生活は続くことになるのでしょう…今後も活動から収入が得られれば、その中から、ネパールでよい事業を 行っていくことができるでしょう。」とアニ・チョインは付け加えた。

「少 なくとも、誰かの人生の痛みを和らげることができるのですから、非常に前向きにいられます。こうした活動ができることは、恵まれていると感じますし、自分 という存在に大きな意味を与えてくれていると思います。」とアニ・チョインは語った。(7.12.2014) IPS Japan/IDN InDepth News

*カリンガ・セネビラトネは、IDNアジア・太平洋地域特派員。シンガポールで国際コミュニケーションを教えている。